ステージ8●2006年

新聞、雑誌などに掲載された趙博のエッセイ、インタビュー、紹介記事等の自選コレクション
読めばあなたも“パギやん通”に!

"一枚の写真が国家を動かすこともある"
猪飼野に生きる「在日」の人々
写真/チョ 智鉉  文/趙 博
『DAYS JAPAN』(2006年12月号)

■特別企画/「カムイ伝」の原風景を行く(大阪編)
その1 by 毛利甚八
『ビッグコミック』No.1090 (2006.11.10)

非国民から安倍晋三へ     趙 博 雑誌『部落解放』 No.573 (2006年11月号) 巻頭言「水平線」

「不確実な時代だからこそ」 矢野陽子さん
在日女性の半生、芝居で
『朝日新聞』 2006.10.5

国鉄闘争の支援訴え、コンサート/在日韓国人二世歌手 『徳島新聞』朝刊 2006年9月6日

常に弱者の側に…「歌うキネマ」独演 『東京新聞』 2006年7月20日(木)

活字がつないだ出会い 『北海道新聞』オホーツク版・コラム「みずなら」2006年7月13日(木)

マルセ太郎さんの遺志継ぐ【趙博 大須で4日】
一人話芸で「キクとイサム」
「人権、差別きちんと表現」
『中日新聞』夕刊 (2006.6.26)

『パギやんメール/僕は歌い続ける。生き恥をさらしながら(5.15 那覇にて)』 北九州連続講座実行委員会 "ねぇ聞いてっちゃ!"にゅーす (No3 06.6.2発行)

ようむいんのおいちゃんの苦言・楽言(その六九)
北九州がっこうユニオン・ういニュース『う い』 No.69 / 2006年4月26日

卑きょうでも命大事に 『毎日新聞』北九州版 2006年4月25日

地域から平和な社会創ろう 北海道教職員組合機関誌『北 教』 2006年2月21日

「国鉄・郵政・教育・民間」テーマに
「改革」考える連続集会−−北九州
(『毎日新聞』北九州版 2006年2月11日)



No.13●2006年


『DAYS JAPAN』2006年12月号)
歴史を証言する写真家たち(15)

猪飼野に生きる「在日」の人々
写真/チョ  智鉉  文/趙 博

 

"一枚の写真が国家を動かすこともある"
宴会や酒席を 二回ほど我慢して、「癒しに嵌るオッカケ」を ちょイと改めて、
悪税を払ったり アホらしい宗教に寄付するより…DAYS JAPAN を定期購読いたしませう!
http://www.daysjapan.net/



『ビッグコミック』No.1090 (2006.11.10)

■特別企画/「カムイ伝」の原風景を行く(大阪編)その1 by 毛利甚八

 安江戸時代の身分制度に鋭いメスを入れた「カムイ伝」はいかにして生まれたか。
 『カムイ伝全集』で白土三平の自伝「白土伝」を執筆する筆者が、白土三平の生い立ちから「カムイ伝」の原風景を探る旅に出た。

http://comics.shogakukan.co.jp/kamui/index.html



雑誌『部落解放』 No.573 (2006年11月号) 巻頭言「水平線」

非国民から安倍晋三へ     趙 博

 安倍晋三が自民党総裁に選出された翌日・九月二一日に、ある裁判の判決があった。入学式や卒業式で、国旗に向かって起立し国歌を斉唱する義務がないことの確認などを求めた原告は東京都立高校などの教職員四〇一人。被告は東京都と都教育委員会。東京地裁は、国歌斉唱などの義務がないことを認め、斉唱しないこと等を理由とした処分を禁じ、都に一人当たり三万円の損害賠償を命じた。判決理由で「国旗に向かって起立したくない教職員や国歌を斉唱したくない教職員に対し、懲戒処分をしてまで起立させ、斉唱させることは思想良心の自由を侵害する行き過ぎた措置だ。(中略)斉唱などを強制する教職員への職務命令も違法」という判断が示された。この勝訴が、市民・労組・平和団体・民主主義グループ等のねばり強い運動と闘いの成果であることは二言を要さない。石原慎太郎は「当然控訴しますよ。」せせら笑うように定例記者会見で宣い、小泉純一郎は「国歌も歌えない、国旗に敬意も表せない、こんなことでいいんでしょうかね?」寝ぼけ眼でほざいた。▲N・チョムスキーは語った。「今市民的自由に対して加えられている攻撃が治安とそんなに関係があるかどうかは疑問です。一般に、国家はあらゆる口実を使って権力を拡大しようとし人々に従順を強制しようとするものです。権利は勝ち取られたものであって、与えられたものではありません。そして、権力は人々の権利を弱めようとあらゆる機会を求めています。米国政府の現在のスタッフは過激な反動的攻撃的愛国主義者で民主主義への軽蔑に満ちた人々です。私が思うに、提起すべき質問とは、市民はどこまで政府スタッフが自らの政策を推し進めることを許容するかというものでしょう。これまでのところ、政府スタッフは、移民のような社会的弱者のみを攻撃対象とするよう注意してきましたが、彼ら/彼女らが採択した法律はもっともっと広い範囲に影響を及ぼしうるものです。」(「対テロ戦争」インタビュー2002.7.3 益岡賢氏・訳)▲安倍晋三新首相は、先ず何よりも「教育改革と憲法改正をやる」と明言している。つまり、現行の教育基本法と日本国憲法を潰すと言うのだ。そして、彼のスローガン「再チャレンジ」は、「負け犬よ、もう一度闘わせてやるから後はテメェの問題だぞ」の言い換えで、「自己責任」の焼き直しにすぎない。安倍晋三の辞書に「平和・人権・友好・共生」はない。そのかわり「戦争・特権・征服・支配」がある。彼の耳には、「福祉」という言葉が「甘え」に、「協調」は「後退」に、「妥協」は「敗北」と聞こえる。▲浅井基文・広島平和研究所長は述べた。「第一、小泉政治には政治哲学・信条という名に値する内容は皆無であったのに対し、安倍政治は極めて右翼的イデオロギーが濃厚であること。第二、小泉には明確な歴史観の裏付けはなかったのに対し、安倍は靖国史観に傾斜する極めて反動的な歴史観に裏打ちされた認識を持っていること。第三、小泉における対米一辺倒はブッシュとの個人的親交(ブッシュがそれに対応する感情を小泉に対して持っていたかどうかはここでの問題ではない)という感情的要素に裏打ちされていたのに対し、安倍の対米重視は世界一の超大国・アメリカに一目も二目も置くという権力政治の発想に基づいていること。」(コラム「保守支配の日本政治と問われる被爆2市の存在理由」より引用)▲安倍晋三は書いた。「国のために死ぬことを宿命づけられた特攻隊の若者たちは、敵艦にむかって何を思い、なんといって、散っていったのだろうか。(略)死を目前にした瞬間、愛しい人のことを想いつつも、日本という国の悠久の歴史が続くことを願ったのである」(『美しい国へ』)「命を投げうってでも守ろうとする人がいない限り、国家は成り立ちません。その人の歩みを顕彰することを国家が放棄したら、誰が国のために汗や血を流すか」(『この国を守る決意』)▲安倍晋三の父・安倍晋太郎は政府自民党の要職を歴任した「自民党ニューリーダー」だった。母・洋子はA級戦犯容疑者であり「昭和の妖怪」の異名を取った岸信介の長女。佐藤栄作(元・首相)は岸信介の弟だから晋三の大叔父である。兄・寛信はウシオ電機会長牛尾治朗の長女・幸子と結婚した。弟・岸信夫は参議院議員で、妻・昭恵は森永製菓社長松崎昭雄の長女である。己の血筋と家系への誇りを胸に、安倍晋三は、堂々と国民に向かって牙をむく覚悟だ。▲私の血統と家系は名実共に非国民であって、過去は帝国臣民、現在は外国人という身分を日本国家から押し戴いた「在日韓国人」なるモノである。安倍晋三の政治信条や政策の片隅にも「在日」は存在しない。『美しい国』になれば、私は真っ先に殺されるだろう。だから闘うのだ!私は安倍晋三を殺しはしないが、夜郎自大のボンコ如きに殺されるわけにはいかない。▲私と安倍晋三とは同世代である。

                         (ちょう ばく/歌劇派芸人)

益岡賢 HP http://www.jca.apc.org/~kmasuoka/
浅井基文 HP http://www.ne.jp/asahi/nd4m-asi/jiwen/index.html
趙 博 HP http://fanto.org


『朝日新聞』 2006.10.5

「不確実な時代だからこそ」 矢野陽子さん
在日女性の半生、芝居で

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『徳島新聞』朝刊 2006年9月6日

国鉄闘争の支援訴え、コンサート/在日韓国人二世歌手

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『東京新聞』 2006年7月20日(木)

常に弱者の側に…「歌うキネマ」独演

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『北海道新聞』オホーツク版・コラム「みずなら」2006年7月13日(木)

活字がつないだ出会い

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『中日新聞』夕刊 (2006.6.26)
マルセ太郎さんの遺志継ぐ【趙博 大須で4日】
一人話芸で「キクとイサム」 「人権、差別きちんと表現」

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 心に刻んだ映画を一人話芸に仕立て直して語り抜く「歌うキネマ」シリーズの趙博[チョウバク]が七月四日午後七時、名古屋・大須の七ツ寺共同スタジオで名作「キクとイサム」に挑む。永六輔さんが絶賛しマルセ太郎さんの名を知らしめた映画再現芸「スクリーンのない映画館」を継ぐ意気込みだ。(三田村泰和)

 「歌うキネマ」は2002年に岐阜県恵那市でスタート。「しゃれで始めた」というが、その年のうちに大阪で回を重ね、好評を得て四本を次々と舞台にかけた。

■1人で映画再現
 朝鮮半島出身の特攻隊員への思いを高倉健主演で描いた「ホタル」、黒人解放運動指導者の生涯をたどる「マルコムX」、渥美清ら主演のテレビドラマ「泣いてたまるか」、韓国の旅芸人の悲衰を写し取った「風の丘を越えて」が、その四本。趙の胸に響いた映画を声色や歌、身ぶり、時にギターや朝鮮の太鼓などを駆使し再現する。持ちネタで演じられる映画は現在八本。強者をたたえ上げた作晶は見当たらない。
 趙は阪神大震災の被災地支援が縁で、01年に六十七歳で亡くなったマルセさんの最晩年に接した。「マルセさんの『スクリーンのない映画館』を見た時は驚いた。語っているんだけれど、映画が見えてきた」。同じ大阪市出身。がんに侵されながらも演じる語り口を体にしみこませた。「マルセさんの死で映画を語る芸がなくなるのが借しかった。マルセさんのように寄席で鍛えた経験はないが、僕なりに歌を入れて演芸的な語り口で続けていきたい」と使命感すらのぞかせる。
 今回演じる「キクとイサム」は戦争の影を描いた1959年の作晶。黒人米兵と日本人女性との間に生まれた小学生姉弟が偏見にさらされながらも祖母とつましく、たくましく暮らす姿を描いて映画賞をさらった。「セリフがものすごくいい。重い映画だけど、水木洋子さんの脚本のカで喜劇になっている」と趙。翻って「今の映画は何やってんねん」と苦笑する。「エンターテインメントとしてきちんと表現されてこそ人権、差別、平和の間題は伝わっていく」という信念が趙の底辺を流れる。

■講師辞め芸一本
 「浪速の唄[ウタ]う巨人」の異名を取る"在日関西人"。普楽活動の傍ら二十年続けてきた大手予備校講師を昨年三月、「芸人との二足のわらじはどちらかに甘えが出る」と辞め、"歌劇派芸人"の道を歩む。「世の中の痛みが分かりすぎるほど分かる子たち」という高校中退生のクラスだけはアルバイトで続けており、名古屋に定期的に出向いて教えている。
 四月には七ツ寺共同スタジオでハンセン病の解説を織り込みながら「砂の器」を上演し、ハルマゲンの迫力のピアノをバックに情念の舞台を務めて観客の涙を誘った。十月十七日にも同スタジオで韓国映画「神様こんにちは」を上演する。


北九州連続講座実行委員会 "ねぇ聞いてっちゃ!"にゅーす (No3 06.6.2発行)
『パギやんメール/僕は歌い続ける。生き恥をさらしながら(5.15 那覇にて)』

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 総評が解体し「連合」が出来たとき、確か岩井彰(元・総評議長)さんだったと思うが、テレビか雑誌のインタビューで次のように述べておられた。

 お願いだから、「連合」の三役が経団連や自民党の幹部と仲良くゴルフをしている姿をマスコミに晒さないでくれ。
 労働三権が人権問題の次元で語られるようなら、それは労働運動の死を意味する。

 僕の記憶は少々曖昧だが、二点目については、熊沢誠(元・甲南大学教授/労働経済)さんも同様のことを言っていたように思う。
 つまり、労働者の団結権・交渉権・争議権は、長い歴史の中で確立してきた、しかも、多くの民衆の犠牲のうえに成り立ってきた闘いの成果であって、その権利を行使することは現代社会ではなんら特別なことではないはずだ。もしその権利行使が「命をかけて」なされ、人権の根本課題として論じられるならば、それは「労働者の無権利状態」をいかんなく物語るのだと−−。
 残念ながら、その憂慮通りの社会と時代に、僕たちは生きている。僕は、その苦痛と葛藤の中で歌わざるをえない。できれば、楽しく朗らかで人生の喜びに満ちた愛の歌をうたっていたいのだが、あえて「おあずけ」にしている。
 国鉄民営化の裏に隠されていたもの、つまり民営化という「支配装置」に、僕たちはようやく気づきだした。1,047名の首切りは、「彼ら」だけの問題ではなく「僕たち・私たち」の問題であったという自覚に、二○年を要したのだ。なんという鈍感と体たらくだろうか。
 しかもその自覚は、「国民的レベル」で言うとまだ萌芽段階なのである。それが証拠に、JRは、昨年の尼崎事故での死亡者数をあくまで百六名だといって憚らず、「国民」は抗議の声もあげない。
 「高見運転手の<死>は追悼するな、今後もそれは贖われない」という「国民的合意」があるのだろう。かわいそうな「死」と、死んで当然だという「死」...僕はコンサートのたびごとに、せめてもの異議申し立てとして【百七名】を強調するのだ。
 僕は、歌い続ける。生き残ったものとして、生き恥をさらしながら、憂鬱で悲しく苦しい歌を−−。僕は、歌い続ける。仲間とともに、仲間を求めながら、楽しく朗らかで人生の喜びに満ちた愛の歌をいつか歌えるように−−。

    死んだ彼らの残したものは
    生きてる私
    生きてるあなた
    他には誰も
    残っていない…                           
(by パギやん)
 



北九州がっこうユニオン・ういニュース『う い』 No.69 / 2006年4月26日
ようむいんのおいちゃんの苦言・楽言(その六九)

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痛快    by 藤堂 均

 "ねぇ聞いてっちゃ"と題して北九州で連続集会が開催されている(詳細は前号稲田さんの原稿を参照されたい)。第三回「死ぬな 辞めるな 抵抗しよう」として趙博さんのコンサートがあった。ぼくは四年前に、大阪高槻で開催された全国学校労働者交流集会の夕食交流会(「交流集会の交流会」だから交流会の一番濃いエッセンスのような場)に趙さんがゲストそして出演され、大いに楽しませていただいたことをよく覚えていたので、この日が来るのを楽しみにしていた。
 趙さんは期待を裏切らなかった。開演前だというのに、自ら「前座です」といいながらステージに立ち、僕たち初老世代にはなつかしい「ヘライデ」などを歌いつつ、「まだ開演前ですから前から詰めてくださいね」などとスタッフであるかのように会場整理を始めた。やっぱり趙さんは「スター」ではなく、ぼくたちの仲間なのである。もはや「開演」というのも形式上のことになってしまうほど開演時にはみんな盛り上がり、引き込まれていた。趙さんのダミ声…いやサビのきいた声にノリつつ、淀みなく滑らかで、柔らかく美しい音色を奏でる伴奏者の矢野さんのギターとマンドリンの演奏にうっとりと浸っていた。
 趙さんの歌は実に痛快で、聞いていると元気が出てくる。国旗国歌法は出来てしもた、自衛隊は海外派兵してしもた、憲法改悪だ、教育基本法改悪だ、共謀罪だと一つ一つに過剰反応することはない。モグラたたきの気分でコノヤロ、えいっ!えいっ!と叩いていけばいいと、おおらかな気分になる。愉快に楽しく行きましょう。チンドン・ドン!「趙博・ガーリックちんどん」絶賛発売中!
 "ねぇ聞いてっちゃ"連続集会、次回は「教育界改革」をテーマに六月二五日です。


■ 「ココロ裁判」へご支援を!よろしく。 (Paggie)
http://www1.jca.apc.org/anti-hinokimi/archive/kokoro/index.html



『毎日新聞』北九州版 2006年4月25日
「卑きょうでも命大事に」

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北海道教職員組合機関誌『北 教』 2006年2月21日
「地域から平和な社会創ろう」

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『毎日新聞』北九州版 2006年2月11日
「国鉄・郵政・教育・民間」テーマに「改革」考える連続集会−−北九州

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