ステージ9●2007年

新聞、雑誌などに掲載された趙博のエッセイ、インタビュー、紹介記事等の自選コレクション
読めばあなたも“パギやん通”に!

情熱的な歌と語りで『歌うキネマ』 『毎日新聞』8月22日

「<広場>に響く 積もる<恨>」 『新潟日報』 "あーとぴっくす"(2007.6.27)

本の紹介『夢・葬送/浪花の唄う巨人・パギやんSong Book』 月刊『部落解放』 5月[.581]号

唄業の「中間総括」 『中国新聞』4月15日 書評欄「著者に聞く」

趙博の「歌うキネマ」 深いテーマ浮き彫りに 『中日新聞』4月14日 「安住恭子の舞台プリズム」

暗い時代に温かな表情で 『毎日新聞』4月6日 「批評と表現」欄

心のバリアなくそう 『西日本新聞』大分版 (3月21日 朝刊)

「パッチギ」一人語り
淡路市で趙博さん ■ 映画 身ぶり手ぶりで再現
『神戸新聞』 地域ニュース・淡路面 (3月11日 朝刊)

ホンマのパッチギ、見せたる 『朝日新聞』3月3日

必要なのは発想の転換 『毎日新聞』2月26日朝刊「教育の森」学校と私シリーズ

本に公演にと八面六臂 月刊『うずみ火』2月号の記事

「カムイ伝」の原風景をいく(大阪編)最終回
by 毛利甚八
『ビッグコミック』(2007.1.10 号)



No.14●2007年


『毎日新聞』8月22日
 情熱的な歌と語りで『歌うキネマ』

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『新潟日報』 "あーとぴっくす"(2007.6.27)
 「<広場>に響く 積もる<恨>」

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月刊『部落解放』5月(No.581)
 本の紹介『夢・葬送/浪速の唄う巨人・パギやんSong Book』

【本の紹介】
『夢・葬送−−浪花の唄う巨人・パギやん Song Book』

 趙 博 (チョウ・パギ) 著/太田順一 写真

<評者> 柳原一徳(みずのわ出版代表)

 大阪を拠点に活動する在日二世のミュージシャン、パギやんこと趙博による「生誕50年」記念出版。26曲の譜面を「喜・怒・哀・楽」四章に分け、太田順一撮り下ろし写真、趙博書き下ろしエッセイと、歌詞一覧を付した。

 実は、総集編CD「趙博ベスト30」(2006.12)との同時発売を目指したのだが、校正の度にゲラを真っ赤にせずにはおれない著者の凝り性と担当編集者たる私の急病による入院もあって、今年二月に刊行がずれ込んだ。入院する、でもゲラは病院から送る旨伝えたら「死んだらアカンでえ」というメエルが返ってきた。そうだ。「歩いてきた道に花は咲かないかもしれない/だけど私たちが枯れるわけにはいかない」(趙博詞・曲「光のエチューード」より)。一寸くらいの刊行遅れが何だってんだ。

 人呼んで「浪花の唄う巨人」。体重百キロの巨体に力感あふれる歌、そしてネット右翼どもに忌み嫌われる"過激"な発言の数々、そこからは、"濃い"イメージがついつい先走ってしまいがちだ。が、実際に相対する趙博は物静かな、実に繊細な男である。でも、それにダマされてはいけない。情況に対する沸々とした怒りが、その立ち居振る舞いと、静かな物云いの中に込められているのを感じる。内に深くマグマをたたえた入なんだと、私は思う。

 たとえば、歌(唄)の「位相」をめぐって趙博は、まえがきでこう書いている。

 −−"Because"と"Before"は、「歌(唄)」の位相にも当てはまります。「歌う前にやることがあるだろう」「歌っているから繋がるんだ」「歌う前に考えろ」「歌うからこそ見えてくるんじゃないか」etc. etc. 歌うことを生業としながら、僕は時々、歌を拒否したくなる衝動に駆られます。(中略)一方、様々な現場で「なぜ歌わないのだ!」と怒りに燃える時もあります。(中略)「誰であろうと民衆の魂を真に演じようとするものは、多くの道を歩んでいかねばならない。…洗い物をする女性や、縄をない、溝を開き、鉱山へ下り、海に網を投げる男たちの仲問であるということなのである」(ビクトル・ハラ)。僕は、多くの道を歩みたいと思います。いっの日か、"Because"と"Before"を止揚する日を夢見て−−。

 趙博のまなざしは、2001年9・11テロ以降の、事件が事件を隠蔽する、はたまた次の事件を養うために事件が起こっているような情況の中で、浮かれ、呆け、確実に部外者・傍観者の場を強制されている、自身をも含めての「私たち」の虚妄へと向けられる。

 これら「事件」の根っこを探ると、1997年の神戸児童連続殺傷事件にぶち当たる、と趙博は記す。震災後の神戸で起きた猟奇事件という位相、そして加害者も被害者も子ども、しかも被害者は知的障害児だったという事実、その時の吐き捨てたい気持ちで作詞作曲したのが、本書の表題ともなった「夢・葬送」だという。もう一曲「合わせ鏡」は阪神淡路大震災のあと、立て続けに世を去った先輩と友を心に浮かべて作った。二曲とも鎮魂歌として未完成のままだと、趙博は吐露する。

 思えば、阪神淡路大震災、オウム真理教事件、沖縄の米兵による少女暴行事件−−これらすべてが<戦後50年>の節目としての、1995年に起こった。あれからまる12年を経た今年、2007年は、仏教でいえば三三回忌の節目にあたる。この間の年月は一体何だったのか。何ひとつとして解決に向かってはいない、むしろ悪化の一途を辿っているではないか。

 こともあろうに安倍首相は今年夏の参院選の争点に「改憲」を挙げた。彼がいうところの「美しい国」とはひとえに「戦争できる日本」であり、その地ならしとして教育基本法を改悪し防衛庁を防衛省に格上げし、挙げ句は憲法まで変えてしまおうという、まさしくA級戦犯岸信介の悲願にほかならない。それどころか、靖国賛美の夜郎自大はついに、1993年日本政府調査団の訪韓調査を受けての河野洋平官房長官(当時)談話で、国家の関与を認め謝罪したはずの日本軍慰安婦をも否定するに至った。歴史教科書から抹殺しただけでは飽き足らず…。

 ちょっと待て。自国民の食糧すら自国で満足に生産できぬレベルにまで農山漁村を疲弊させた張本人は一体何処のどいつだ?自国の文化であるところの商業捕鯨がいまだ再開できぬ植民地的情況を見よ。この程度の輩が日本の権力中枢を握っているのだ。こんなヤツのお遊びに巻き込まれて殺されるのだけはまっぴら御免だ。

 「9・11テロ以降、世界の流れがそのように再編成されていると感じるのは僕だけだろうか?歯がゆくて悔しくて、恐ろしくて、腹が立ってしかたがない!」という一文が、「哀」の章のエッセイ「路地裏から世界を覗けば、旅空に今日も雨」で三度繰り返される。

 こんな時代にあって、歌舞音曲を以てして如何ほどのことがなしうるのか。趙博の自問自答−−それは読み手一人ひとりの自問自答へと連なっていくはずだ。そして、夢はひとまず葬送に付しておく。

 本書は、かくして生まれた。   (文中敬称略)



『中国新聞』4月15日 書評欄「著者に聞く」
 唄業の「中間総括」

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『中日新聞』4月14日 「安住恭子の舞台プリズム」
 趙博の「歌うキネマ」 深いテーマ浮き彫りに

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『毎日新聞』4月6日 「批評と表現」欄
 暗い時代に温かな表情で

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『西日本新聞』大分版 (3月21日 朝刊)
 心のバリアなくそう

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『神戸新聞』 地域ニュース・淡路面 (3月11日 朝刊)
 「パッチギ」一人語り
  淡路市で趙博さん ■ 映画 身ぶり手ぶりで再現

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『朝日新聞』3月3日
 ホンマのパッチギ 見せたる

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『毎日新聞』2月26日朝刊「教育の森」学校と私シリーズ
 必要なのは発想の転換

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 僕は「在日朝鮮人」として大阪の「非差別部落」に生まれ育ち、劣悪な住環境の中で生後2週間で右目を失いました。学校では、西山と名乗り朝鮮人という事実をひた隠し、隻眼をバカにされまいと、勉強、けんか、スポーツ、何でも一番やないと終わりなんやと必死でした。学校とは、一瞬も気が抜けない戦場そのものだったのです。
 最難関の高校を目指した中学3年の冬。「出世したる。この家にいたら未来はない、飛翔せよ」を生活訓にし、1日4時間の睡眠。これがたたって結核になり、生死をさまよって受験はパー。境遇への憎悪から卒業証書と卒業アルバムを燃やしました。
 でも、妥協して入った高校が良かった。療養と称して入り浸った保健室の美人な先生に勧められ、萩原朔太郎や井上靖らの詩や小説に触れ、吉田拓郎、ボブ・ディランらのフォークソングにはまった。文学と音楽を愛する格好いい自由人を目指しました。
 大学では、学生運動に没頭。予備校講師を18年勤め、「ロックで学ぶ入試英語」など、好き放題やりました。でも、「未来形の『Will』になぜ過去形があるのか」などと、こっけいでも、講師をうならせた生徒たちが「この参考書をやれば○○大学に入れますか」と年々おかしくなった。飲み会もしない。ネットで講師のランク付けをして小バカにする。ギラギラさがない。予備校では、国が仕掛けた偏差値競争と闘う反権力闘争だと信じてやってきたのに、今やすり寄るばかり。塾の最終講義では、自分の闘争の敗北を認めつつ、「お前ら終わっとるんじゃ」とぼろくそに言ってやった。
 学校も、文科省に「日の丸、君が代」を強制されっぱなし。そして、子どものいじめが陰湿化し、被害者と加害者がころころ入れ替わる。1回どついたら友情は修復不可能。おかしいやろ。娘が、小中学校と不登校になったが、その豊かでまっとうな感受性から不登校になったことを心底誇りに思います。 
 大阪の学校には「非行は宝」という素晴らしい言葉がある。必要なのは、こうした発想の転換。学校に期待するよりも、僕らおやじが人生を楽しんでいる姿を子どもに見せましょう。<聞き手・大場弘行>
 ■人物略歴 ちょう・ぱぎ
 1965年、大阪市西成区生まれ。柔道2段。65年、韓国籍を取得。大学や塾で講師を勤める傍ら音楽活動を展開。鶴橋や京橋など下町への慕情を歌う「橋」が有名。02年から映画のストーリーをギターで弾き語る「歌うキネマ」を始め、注目を集める。



月刊『うずみ火』2月号の記事
 本に公演にと八面六臂

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 大阪市生野区のミユージシャン、趙博(チョウ・パギ)さん(50)がフォト・エッセイ集『夢・葬送 浪花の唄う巨人・パギやんSong・Book』(みずのわ出版・2200円十税)を出版しました。
 <僕の唄業の中間総括、謂わば「中入り」です。人前で歌い始めて20年経ちますが、音楽理論や発声法、ギター奏法もちゃんと勉強したことがありません。そんな自分が編み出した、一曲一曲の背景や衝動を振り返ってみることにしました。唄を巡る様々な出来事・思索・喜怒哀楽をノスタルジアの範晴に留めることなく、これからの唄業の《肥やし》として丁寧に反芻してみたかつたのです>(まえがきから)
 数多くの作品の中から26曲を厳選、歌詞と譜面、写真家の太田順一さんによる豊富な写真も収められています。
 問い合わせは、みずのわ出版(?078-242-1610)まで。
 その趙さんが一本の映画を一人、歌と語りで演じる「歌うキネマ」公演が3月7〜10日、関西4カ所で開かれます。私淑する故マルセ太郎さんの至芸「スクリーンのない映画館」を受け継ぐもので、今回は井筒和幸監督の作品『パッチギ!』に挑みます。
 「見所は乱闘シーン。ドロップキックも披露しまっせ」
 詳しくは趙さんHP(http://fanto.org)へ。  (栗)

※『うずみ火』は、故・黒田清さんの遺志を継ぐミニコミ誌です。
 一部300円(一年分\3,600)です。是非、定期購読してください。
 http://uzumibi.com/




『ビッグコミック』(2007.1.10 号)
 「カムイ伝」の原風景をいく(大阪編)最終回 by 毛利甚八



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