
ステージ6●2004年下半期
新聞、雑誌などに掲載された趙博のエッセイ、インタビュー、紹介記事等の自選コレクション
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No.11●2004年下半期 |
連載:東京音楽通信 by 藤田 正(音楽評論家) 住む人の匂いがする 大阪の下町に生まれた在日、趙博の新作 |
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趙博の新作が出た。彼の前作は『彼処此処[おちこち]』という二枚組ライプで、沖縄の島唄や浪花節、朝鮮半島の「アリラン」など、彼の音楽的来歴をどんどん歌い継いでいく内容だった。演奏はフリー・ジャズの板橋文夫トリオだったから、では聴き心地は支離滅裂かというと、反対に大衆の歌をうたおうという徹底した姿勢が気持ちよく表されていた快作だった。
その「難波のパギやん」、新作で何を試みたのかと思えば、朝鮮半島の歴史的な民衆歌、大衆歌だった。 題して『趙博民謡集I『恨』歌集』。サブタイトルには「歴史と悲哀のリエゾン」とある。リエゾンとはフランス語で、ここでは朝鮮半島の歴史と民衆の悲哀が(アルバムの中で)溶け合って……という意味なのだろう。 ざっと曲目を見れば、いくつかの「アリラン」や、「恨五百年」といった有名曲が並んでいる。二十世紀の名演歌の一つ「木浦[モッポ]の涙」も、最初と終わりに入っている。 ただちょっと、変わってはいる。ぼくは半島の伝承歌に詳しくはないので、この原稿を書くために、自宅のレコード棚にある週去の名人名歌手の録音を引っ張り出し、趙博の歌声と比べているのだが、『民謡集I』の味わいは、それらの多くとは異なるのだ。 というのも、ぼくのパンソリほかのLPなりCDなりは、非の打ち所もスキもない名盤が多くて、その歌声と演奏にはひれ伏す反面、たまに飽きてしまうのである。朝鮮半島の音楽に限ったことではないが、「民衆芸術」と言いながら、後者の「芸術」ばかりに演者の気が移ってしまっている、そんなこともあるのかと思う。 大阪の下町に生まれた在日、趙博は、ぼくには、前者の「民衆」にこそ力を入れてうたっているように思える。 だからこそ何度も何度も、楽しんで聴いていられる。大いに酔っ払って、寝転がっていてもいいんだ、という楽な気にさせてくれるのが、『民謡集I』最大の魅力だ。そして彼のその歌声から浮かぶ風景とは、(あくまでぼくには)大阪の下町である。いや川崎でもいい、北九州でもいい。つまり、在日韓国朝鮮人が住む街路の匂いなのだ。 そこに住む人の匂いがする歌。それは技術の習得とは別次元であり、趙博は、彼が愛してやまない人ぴとをうたえるシンガーである。 「門付けの数え歌」はどうだろう。二曲目に収録されたこの歌には、「一つとせ、日本の奴らは出ていけよ!二つとせ、伊藤博文が銃で撃たれて」(訳)という文句が出てくる。 ノドを嗅らすようにうたう趙博は、強い太鼓のビートに乗って怒っているようであり、日本の支配者たちをあざ笑っているようでもある。放浪芸人の視線がここにある。 ギター一本でうたう演歌タイプの「さすらい人の悲しみ」もいい。この1936年に発表された歌の解説にはこんなことが書いてある。 「検間間題で警察署に呼ぴ出された高麗星(作詞者)と白年雪(歌手)が、厳しい取調べの後裏町でヤケ酒を飲んでいたときに『慣れ親しんだ街だが異国のより冷たい』という歌詞が浮かんだというエピソードが残っている」 歌には、歴史がある。人生がある。「牛の鈴の音」というロマンチックな農民歌は、在日の社会でもよくうたわれるとあった。 そして永六輔は、CDのオビに「男が詫ぴなければいけない女の歴史がある……」と言葉を寄せている。 つまりこのアルバムは、半島に生まれた女性たちの歌をテーマとしてもいる。聴けば聴くほど、味わいの深まるアルバムだった。 ※ 藤田正さん主宰 "Beats21" http://www.beats21.com/cover.html |
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インタビュー |
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趙 博さん(パギやんとも呼ばれる)にはいろんな顔がある。ギター片手に歌うミュージシャンは本職だが、「歌うキネマ」という独自のジャンルを演ずる芸人でもある。またある時はDJ、ある時は予備校の教師、そして9月に開かれるセレブレーションコンサートを主宰して10年目になる。
初めて彼のコンサートを見たとき、プロレスラーでもやれそうな迫力あるボディと深い声を知り、「浪速の唄う巨人」と呼ばれるわけに納得したが、今回じっくり話を聞かせてもらって彼の知性にふれ、巨人と言われるのは外見だけの理由ではないことがわかった。 (聞き手・文責:浜田)
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特集:掘り出し大阪本 ◆29人(組)へのアンケート「私のとっておき大阪本ベスト3」 |
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趙 博の選んだ ベスト3
1『大阪で闘った朝鮮戦争−吹田枚方事件の青春群像』 西村秀樹 著(岩波書店・2004年) 2『僕は在日関西人−歌う浪速の巨人・パギやん奮戦記』 趙 博 著(解放出版社・2003年) 3『我が喜劇』 渋谷天外 著(三一書房・1972年) 吹田事件は、1952年朝鮮戦争中におきた大騒擾事件。歴史の闇に葬られようとしていたこの事件の地道で大胆な掘り起こしは、十三の焼鳥屋から始まります。これがなんとも大阪的でオモロイ!「現在」に繋がる戦後史のダイナミズムと、東洋のマンチェスター・大阪が置いてきぼりにしたアジアが浮き彫りになる、そのド迫力を味わってください。さて、「大阪的アジア」をば、ワタイは現在進行形で生とります。『僕は…』は「紙上ライヴ&トーク」、まことにお恥ずかしい限りの駄文集ですが、お客さん(読者)の前で恥をかくのも芸の精進!ワタイの赤裸々半生[反省]記、いっぺん読んどくれやす。 ほんで、大阪人なら初代・渋谷天外師を知ってまっしゃろ。『我が喜劇』は上方喜劇史の記録としても貴重ですし、何よりも師匠の喜劇論が素晴らしい。「喜劇なんか、なくなる世界をつくるために、私たちは喜劇をやるんだ」この弁証法、どないだ!「銭カネ・有名・出世モードのアホ芸人」に聞かしてやりとうおます。 ※『大阪人』は(財)大阪都市協会発行。http://osaka-cpa.or.jp |
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特集:「愛国心」の現在/憲法論議とナショナリズム 「改憲」への異議・反抗のための、覚え書き(抄) by 趙 博 |
そこに見られるのは、「われわれ日本人は西洋と同じように近代化できた」し、また「われわれ日本人は中国や朝鮮よりもはるかに近代化できた」という自惚れ鏡の研鑽にいそしんでいる姿である。(姜 尚中『反ナショナリズム』)■ 偉大な猿 シリーズ3作目になる『新・猿の惑星』(原題:Escape From The Planet Of TheApes 、日本では1971年公開)で、未来から現在へタイムスリップしてきたジーナとコーネリアス(チンパンジー族の学者夫婦)が彼・彼女らの先祖の話を開陳する場面がある。 「昔々(=我々の近未来)、人間に飼われている犬・猫だけが死ぬ奇病が発生して、猿がペットの地位に取って代わった。そのうち、智恵も愛嬌もある猿は、ペットだけでなく従順な召使いの役割も果たすようになった。猿は、人間の全ての生活圏で可愛がられ、また、こき使われた。そして、我々の始祖である・偉大な猿は、ある日、ついにこう言った。"イヤダ(No)!"と。」 猿の惑星が「猿人」が支配する未来の地球であることは、おそらく周知であろう。「イヤダ(No)!」と言った<偉大な猿>は、実はジーナとコーネリアスの子供だった── これはタイムトラベルSFの常套手段であり古典的手法なのだが、そのラストシーンは観る者に戦慄を醸して余りある。 さて、その結末よりも、未来における「猿人」の歴史の始まりが「イヤダ(No)!」という不服従から始まったという点に、僕はこの映画の意味を見出したい。ペット・召使いという生を強要された<猿>が、己の奴隷的生を全的に支配する主人(=人間)に対して「イヤダ(No)!」ということによって、いや、その一言を発したからこそ、誇りと尊厳を闘い取ることが可能になったのだ。愚かな人間は猿との闘いに敗北し、言葉も知恵も失って「下等動物」となり、追いやられてしまう。始祖を語るに「朕惟フニ我カ皇祖皇宗國ヲ肇ムルコト宏遠ニ徳ヲ樹ツルコト深厚ナリ」(教育勅語)などと、ベタな説教を垂れる「歴史教育」とは大違いの、このダイナミズムを見よ! しかし、話はここで終わらない。未来の「猿人」社会では「禁断の地」があり、そこはあらゆる科学的調査・探求の対象外であり、タブーなのだ。未来に於いても、「人間の歴史を知ってはいけない」と、戒律と権力で<知>が押さえ込まれている。それは、真実を知る特権階層(オランウータン族)の、現状維持のための作為と操作なのだ。ジーナとコーネリアスも、彼・彼女なりに「イヤダ(No)!」と異議申し立てをして学術調査を続ける。その結果、故郷を後にして異境(=彼らの過去・私たちの現在)にやって来ざるをえなかったのだ。 「イヤダ(No)!」は、服従を拒否する言葉である。辺見庸さんは次のようにC・P・スノーの言葉を引用している。 「暗く陰鬱な人間の歴史をふり返ってみると、反逆の名において犯されたよりもさらに多くのおそろしい犯罪が服従の名において犯されていることがわかるであろう」(『永遠の不服従のために』) ■ 我々はずっと黒かった(マルコムX) スパイク・リー監督の代表作『マルコムX』(1992年)の魅力の一つは、デンゼル・ワシントン扮するマルコムXの演説場面である。よくもあれだけ、似せも似せたり!特に生前のマルコムを知ってる人は、その演技に驚嘆したことであろう。ケネディ大統領が当選する選挙の際、選挙運動期間中にマルコムがハーレムの大観衆を前に行った演説の一節に次のようなくだりがある。 ... So I have to stand here today as what I was when I was born - a blackman. Before there was any such thing as a Republican or a Democrat, we were black. Before there was any such thing as a Jew or a Christian, we were black people. In fact, before there was any such place as America, we were black. And after America has long passed from the scene, there will still be black people.(... だから、私が生まれたときに私であった、その「私」自身として、今日、今ここに立っている ── つまり、黒人として。民主党や共和党ができる前から、我々は黒かった。ユダヤ教や基督教が生まれるまえから、我々は黒かった。事実、アメリカという国ができる前から、我々は黒かった。アメリカが、もし我々の目の前から消えて長い年月が経ったとしてたとしても、黒人は黒人として、黒いまま存在し続けるだろう。) 「黒人」という社会的・歴史的脈絡が、個人のアイデンティティに多大な影響を及ぼす。その諸位相をとらまえたうえで、マルコムは、Black is beautiful.という黒人解放運動のスローガンを同胞に解りやすい言葉で説明し、大衆的に訴えかける。すなわち、庶民レベルでの歴史の対象化を経て、現状への「異議申し立てと反抗」を根拠づけるのだ。しかも、balck, black, blackと何度も何度も何度も、リズミカルに語り込む ── これがラップの原点。自己認識の原点に向かって、「劣等」のレッテルを貼られた己の属性を、民衆が「誇り」に変える、このダイナミズムを見よ!マルコムXの「弁証法的"ラップ"思考」は、常に内在的発酵を伴わなければ成立しない。 さて、国の利益は個人の利益に合致する→私もあなたもニッポン国民だ→国民は国を愛し守るのだ ── これが、今様ニッポン・ナショナリズムの原点。この論法は、「国家の利益は個人の利益に合致するという前提」を援用した論理必然以外の、何ものでもない。「弁証法的"ラップ"思考」と対比させて定義するとすれば、「形式論理的"演歌"思考」だ。しかも、「前提」は心情に訴えているだけで、何ひとつ証明されていない。さらに「国益」というバイアスがかかっているから、余計に"演歌性"が増す。だから、一定の説得力を持って庶民レベルで受け入れられてしまう。そうなると、この「国益バイアス形式論理的"演歌"思考」が、対立を平定しつつある種の共通意識を産み出す、その原因にも結果にもなるから不思議だ。いわば「NOといわない偉大な猿:コンテンポラリー・ジャパン・バージョン」だな。 例えば、ふだんは「国」などはいっさい関係なく生活しているくせに、オリンピックや国際競技では「ニッポン!ニッポン!ニッポン!」とはしゃぎ回る。「冬ソナ」のヨン様に身も心も奪われ癒しの時間は過ごしているけれど、拉致被害者や元・従軍慰安婦問題、過去の強制連行の事実は何も知らない。オキナワン・ポップスは大好きでよく聞くけど、薩摩の琉球侵略や基地問題などについては無知である。災害の被害者や心身に障害を持った人々、被差別部落民や他のマイノリティが「一生懸命がんばっている」姿には同情するが、彼らが正々堂々と社会に対して異議申し立てをし始めると「生意気だ」「可愛くない」「援助してもらってるくせに」と敵意を露わにする。子殺し・親殺し、「凶悪犯罪」や「破廉恥罪」には恐い恐いと震えながら、「悪党に人権なんかない!北朝鮮は悪い!自己責任だ!多数意見になびかない奴は<反日分子>だ!」という怒りは持っている。「国益バイアス形式論理的"演歌"思考」は、常に外在的膾炙がなければ成立しない。「愛国心」は、その先にしか存在しない形而上学である。 ■ 戦後60年は間近… 今年はどんな年か、思いつくままに並べてみる。 一、 北海道旧土人保護法制定百五周年、撤廃七周年 二、 十五年戦争終結・敗戦五九周年 三、 日本国憲法施行五七周年 四、 対日平和条約・日米安保条約発効五二周年 五、 外国人登録法施行五二周年 六、 朝鮮戦争停戦五一周年 七、 日韓国交「回復」三九周年 八、 沖縄「復帰」三二周年 九、 阪神淡路大震災九周年 十、 9・11同時多発「テロ」三周年 十一、日韓併合九四周年 十年前の一九九四年、北朝鮮による核開発疑惑が取りざたされるなか、朝鮮学校に通う女子生徒たちが襲われるという事件が多発した。あれから一〇年 … 「ニッポンの状況は悪化の一途である」という表現以外、思いつかないのだ。一九九五年の阪神・淡路大震災の時、人々が国籍や民族を超えて助け合った精神をせせら笑うかのように、戦後五〇年はいつの間にか過ぎ去った。バブル経済崩壊のツケをことごとく民衆に転嫁しながら、永田町の政治は「政権のたらい回しと数の帳尻合わせ」を幾度か経て、結局「ブッシュ忠犬ポチ・小泉」的閉塞状況は、そのままだ。国旗・国歌法、盗聴法、国民総背番号制、そして有事立法、自衛隊のイラク派兵と、まさに釣瓶落としの如く「戦後民主主義」が瓦解していくのを、昨日も今日も、私たちは目の当たりにしているのである。そして、たぶん明日も…。 その根本には、新たな貧富の格差拡大がある。 「グローバル経済化の現在、新たな階層分化が起こっている。四人家族で年収三〇〇万円以下に落とされた多数派をC層と名付ける。この層はリストラにあった中高年者、中小企業従業員、年金の少ない高齢者(老人世帯の約四三パーセントが二〇〇万円以下)、パート労働者や若者フリーターで、この人たちは全体の三分の二に達したと想定する。この層から石原支持の三〇〇万人が出たのではないか。 一方年収八〇〇万から一〇〇〇万の人がいて、これはバブル崩壊以前に中間層といわれた人々である。銀行や大企業の正社員・公務員管理職・定年近い大学や小中高の教師・文化人・マスコミ関係者であり、これは全人口の三分の一(あるいは四分の一)である。これをB層と名付ける。 ところでBとC層以外にグローバル経済のもとで、新たに生じた富裕層がいる。彼らは不動産を除く金融資産を一〇〇万ドル(一億二千万円)以上持っていて、その人たちが日本に一二四万人いる(朝日新聞、〇三年八月九日「ニッポンの億万長者いらっしゃい」)。これをA層と名付ける。彼らは利子の安い銀行を見限り、米国のシティグループや英国のHSBSやフランスのSG銀行やスイスの各銀行に預金し、その額は〇一年以降一二兆円を突破している。」(佐々木賢「労働と教育」/『現代思想』2004.4号) 「確実な景気回復」「構造改革の恩恵」など、耳障りだけよい言葉の響きは、このA層にのみ当てはまるのである。そして、ニッポンの政治と経済は、すべてこのA層に奉仕することのみを目的としているのだ。 この十年の間に、ニッポンは、「正義」を振りかざした権力とそれに同調する無数の「普通の人々」が、異端を排除し弱者を切り捨てる社会を完成させた。特に「9・11テロ」と「9・18拉致発表」以降、社会に醸成される【漠然とした不安、吹っ切れない怒り、底の見えない悲しみ】が煽られ、「社会が解決できないなら国家が出張るぞ」「国家のオニモツは切り捨てるぞ」という構図が強化された。不況と将来に対する行き先不透明感が蔓延し、それでも「がんばろう」とする素朴な心根すら、「愛国心」という網に絡め取られて、「日本人であることを誇れ」と急き立てられる。「もう、いやだ…」溜息と落胆で打ちひしがれると、今度は、その「人の弱み」につけ込んで、憲法・教育基本法の改悪が待っている…。昨今の「改憲」策動には、その意図がありありと見えすいているのに、有効な「阻止運動」が起こらない ── という「二重螺旋構造」が、ますます我々の首を真綿で締め付けているのである。これを「日本的DNA」だと断定したくはないのだが…。 この十年とは何だったのだろう?振り返ってみると同時に、来年のことを思わないではいられない。「戦後60年」という区切りを、単なる時系列に置いていくわけにはいかないのだ。七月参議院選挙で民主党が躍進したが、冷静に観れば共産党の減議席が民主党に行っただけで、生活と平和と人権を守ろうとする勢力が伸びたのでは、断じてない。「ニッポンて何やねん?」── 現代日本を、私はプレ・ファシズムと規定する。二大政党制が完成するからといって、何が変わるのだ?教えてほしい。日韓条約四〇周年で何がよくなるのだ?納得させてほしい。少なくとも言えることは、私の【在日する生】を黙って資本と国家に譲り渡すわけにはいかない、ということだけだ。【在日する生】を踏みにじろうとするモノに対しては、百年の<恨(ハン)>を込めて、断固、反対から反抗へ、反抗から反撃へ…殺されてたまるか! ※解放出版社ホームページ http://kaihou-s.com/ |
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◇特集:音読・読解・読み聞かせ…勉強の基本?「読む力」 読み聞かせは何を育てるの? |
ぼくは、河合塾という予備校で週に九コマ英語の授業(九○分)をしています。たいていの予備校がそうですが、河合塾も志望校別や偏差値順にクラスを「能力別編成」していて、使うテキストは「レベル」によって四種類ほどにわかれています。「差別ではないよ」といういいわけを少しすれば、「入門編ほどていねいにテキストを作る」ことがぼくらのモットーだ、となりますが…。予備校のテキストは、科目に関係なくすべて無味乾燥です。基本資料や受験問題の素材がわかりやすく並んでいるだけで、「読みもの」ではありません。ぼくらはテキスト<を>教えるのではなく、テキスト<で>教えるのです。なにを?−−そんなもの、自由です。講師の「自己責任」でしやべり・主張し・教え・教えられます。 * 牧野剛さんなどは「いっさいテキストは使わない」と豪語し、「はい、答えだけいいます」ですましていた時代もありました(でも、彼の授業では出席率600%ということが起こります)。 ●「受験知」の行きつく先は? さて、よくよく考えてみると、受験勉強はかぎりなく「書き言葉」の世界ですね。英語のヒヤリング問題などが増えてきているとはいえ、コミュニケーション能力を試すものでは、けっしてありません(そんな高尚な問題は出ません)。自由英作文も大流行ですが、すべてマニュアル化できるもので、まったく不自由です。 受験生にとって「正解する」とは、いかに効率よく「知のパターン」を見つけだすか、ということであって、個人の個性や独自性・創造性、はたまた文学的センスなどいっさい無用です。 つまり、徹底した「話し言棄」と「他者性」の排除であり、異文化理解の感動やコトバの美、はたまた人生の機徴など、受験の敵なのです。 では、受験知を体現した人、あるいはそれを内在化させた人間はどうなるのでしょうか?簡単です。高学歴・高収入のエリートができあがります。自己実現なるものを疑わず、自己のそれを誇る立派な日本人になります。人問の魂を失った差別者になります。彼・彼女らは本をよく読み、メディア・リテラシーも人一倍しっかりと身についています。「文字」に対する抵抗や嫌悪感など、毫もありません。彼・彼女らは「砂を噛むよな味気ない」予備校テキストの愛読者なのです。 貧困・不乎等・差別・戦争などというようなアスペクトは、彼・彼女らにとって一瞥や想像の対象ではあっても、己の世界の事象ではありません。人間的苦悩に対して「それは努力しない人間のことでしょ?よくいって、運が悪かったんだ」と、勝ち組の彼・彼女らはいい放ってはばかりません。世間では、そういう人をほめたたえ、「先生・社長」とうやまうのです。なぜか、この常識、時代が変わっても崩壊しませんね。 ●読み聞かせは金科玉条ではない 常識といえば、「静かに本を読む人は立派です」「電車の中で浸画じやなくて活字を読んでいると、印象がいい」「無難に、趣味は読書ですと答えましょう」「趙さんって5000冊も蔵書があるのよ、すごいでしょ」−−これらも常識ですね。世間の常識では「本・読書=善」です。それでオトナたちは、「コドモが本を読まなくなった(=コドモが善をおこなわず悪をおこなっている)!」と大騒ぎしているわけです。だから、読み聞かせという方法を思いついたんですよね。「そうだ、コドモが読まないなら、私たちオトナが読んで聞かせてあげましょう」。オトナたちは、読み聞かせという善行をはじめました。 ぼくは、この「善行」に対して、かぎりなく嫌悪感に近い違和感を感じます。「読み間かせ」はひとつの方法であって、原則でも金科玉条でもないはずです。本を読む楽しさは、本が読むに値する内容をもっている場合にしか成立しません。だから「読み聞かせ→読書の習慣化→学力増加」という図式は、オトナの思いこみとご都合主義の別名以外、なにものでもないのです。 ぼくがいいたいことは、「本をよく読む」という行為の行きつく先はどこなのか、ということにつきます(だから、予備校の話をしたんです)。 活字の世界に遊んだことのない人ほど、「活字離れ」を嘆くようです。活字の世界をほんとうに知っている人は、映画も、寄席も、コンサートも、そういってよけれぱ大衆文化全般の楽しさを知っています。「声を出して読もう」の斎藤孝さんより、漫画や浸才を、歴史・文学・思想・政治と同レベルで哲学できる鶴見俊輔さんを、ぼくは尊敬します。テレビを拒否してラジオに生きる永 六輔さんを、ぼくは見習います。お二人の著作は「読み聞かせ」にはなじみません。 * 牧野 剛さん ぼくと同じ予備校で教えている名物教師。学生運動の大先輩。 愛知県知事選、名古屋市長選などに何回も立侯補し善戦している。 「河合塾マキノ流!国語トレーニング」(講談社新書) 「30年後の<大学解体>」(ウェイツ)など、著作多数。 ※『おそい・はやい・ひくい・たかい』(愛称:oha)は、親にも先生にもおもしろくて使える学校BOOKです。定期購読申し込み → http://www.japama.jp/(株)ジャパンマシニスト社 |
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◇浪速の歌う巨人◇ 趙 博さん |
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書誌を読む(2) 趙博『ぼくは在日関西人』(解放出版社)by 磯貝治良(作家) |
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鬼才の人「パギやん」を知っていますか?「歌う浪速の巨人」とも呼ばれています。ギターとプク(鼓)やチャンゴを携えて現われます。オリジナルの曲とパンソリと朝鮮民謡とノンブガ(農夫歌)を歌います。『ソリマダン』『光のエチュード』『彼処此処(おちこち)』など7枚のCDがあります。浪曲をうなり、落語もやります。 圧巻は、亡きマルセ太郎の至芸「スクリーンのない映画館」の志をついで演じはじめた「歌うキネマ」です。わずか2年のあいだに『ホタル』『マルコムX』『泣いてたまるか』『西便制〜風の丘を越えて』をそれぞれ何度も演じています。 「パギやん」のもうひとつの顔は、大学院卒のアカデミックキャリアです。いまは予備校の英語講師です。でも、本業はやっぱりミュージシァンでしょう。マルチ芸人ともいえます。いや、ちょっと違う。埴谷雄高が井上光晴を「全身小説家」と評したのにならえば、ピッタリなのは「全身表現者」です。それに加えて私は、表現界の円空と呼んでいます。 ことほど左様に「パギヤん」こと趙博(チョ・パク)は奇才かつ全身存在の人です。 ● この本をどんなふうに書評したらよいか、そもそも書評などしてよいものか?ヘたに紹介したら、舞台そのままの「パギやん」の語り口と思考のスタイルをダメにしてしまいそうです。語り口と思考のスタイルは諧謔と諷刺と軽妙と反骨にあふれて徹頭徹尾、今様民衆のそれです。エクリチュール(言説)のミにまつろわない、したたかに知的なパロール(身体コトバ)です。「書評」がそこのところを伝えられるものでしょうか。でも、この1冊を紹介しないと次回に進めません。 まず題名です。「在日コリアン」でも「朝鮮人」でも「韓国人」でもなく「ぼくは在日関西人」というところがミソです。猪飼野を地下茎として四方八方に放射される関西系コリアンには、「標準語的在日コリアン」とは非なる独持のパイタリティを感じています。 「パギやん」は正真正銘、反差別・反権力、そして古いコトパですが「反体制」の表現者です。この本の語り口と思考もそのスタイルで貫かれています。 「歌う浪速の巨人・パギやん奮戦記」と副題の付くこの本の4本の柱を見ただけでも推察できます。 (1)<脱・学校と非・日本人の楽しさ> (2)<紙上ライヴ「歌と映画とおしやべりと」> (3)<余は如何にして朝鮮人となりし乎> (4)<忘れられない人びと>。 ● (1)はガッコの先生400人を前におこなった講演記録。ほとんど話芸の趣です。「パギやvは予備校で不登校のクラスも受け持っているのですが、「学校に行かない権利」のくだりはこんな調子です。 《「来るものは拒まず、去るものはちょっとだけ追う」になりました。なかには学費だけぽんと払って、そのまま一日も来ない人がいます。結構です。「君の七十万円ありがとう」でOKです(笑)。「義務教育」「教育権」という言葉が、どれほど子どもを殺しているかということを、もう反省すべき時期です》 マジョリティ批判は軽快です。 《誤解を恐れずに言うと、マイノリティの側は差別でいじめられようが殺されようが、自分がマイノリティなんだから、なんとか必死で生きていくわけですよ。その間、マジョリティは誇りを忘れ、非人間化していく。マジョリティこそがやばいんです。(略)「ええわい、わしらはワシラで生きていこかい」と開き直れる。われわれにはマジョリティという対立物が常にある。だから「同化指向」にはまらないかぎり、マイノリティの存在理由は際立つ。これが弁証法です。われわれは、いまだに「日々是冷戦(ひびこれれいせん)」です(笑)》 「公権力の行使と公の意思決定」=「当然の法理」という外国人差別の「壁についても、面自い話が出てきます。大学の教員時代、「パギやん」は単位認定権を持っていた。つまり、彼の授業の単位がないと学生は教職免許を取れない。これって「公権力の行使」じやないの?と皮肉るわけです。 もう一つ、在日外国人は日本政府お墨付きの外国人登録証を持たされていて簡単なことなのに、日本人が日本籍を証明するのがいかに困難か、という話。ユニバーシアード神戸大会のとき、日本選手の国籍を証明しようとして、日本事務局はハタと困った。窮余の一策、外国旅行するわけでもないのに全員にパスポートを取らせた。日本籍というのはことほど左様にアイマイなもの。「日本国籍を有する者に限る」というのなら日本人を「ちゃんと証明してみい!」と、われらが「パギやん」は怒るのです。 ● こんな具合につまみ食いをしているとキリがありません。先を急ぎます。 (2)は文字過り、歌とスクリーンのないシネマとしやべりの紙上ライヴです。文字で読んでも面白い。でも、やっばりナマで見て聴くに如かず、です。と言っておしまいでは愛想なしなので、評者ご晶属の歌をニつ。在日バージョン「ヨイトマケの唄」は長いので、「ソウルからピョンヤンまで」を。 《♪ソウルからピョンヤンまでタクシーで五千円/モスクワにも行けるし月にだって飛べるのに/プサンよりもっと近いピョンヤンへは行けない/目と鼻の先にあるピョンヤンヘ何故行けぬ/クラクション高らかにソウルからピョンヤンまで/夢でもいいからアクセルふんでブッチギって行こう》 (3)は生い立ちから21歳で「本名奪還」をするまでの自分史です。語り日には、身世打令もチャンソリ(愚痴)もありません。それもそのはずです。「パギやん」は幼い頃から「文武両道」、喧嘩三昧も悪戯も半端じやないうえ、高校、大学と国公立へ進むのですから学力もなかなかでした。ちなみに高校生で柔道二段です。注目すべきは、ワルや腕力の裏面にはしっかりと悔恨と懺悔が並立していたことです。この「情」は、やがて良質の知をそなえた世界観へと変質していくものです。 指導教授に「本名奪還」の意思を伝えるときの二人のやりとりはちょっと泣かせます。 ● 終章に亡父、マルセ太郎をはじめ六人の忘れハ人への情理そなえた「レクイエム」の文章があります。いずれも「パギやん」の人生の手法・思想に強く影響した人ぴとです。なかで稀代のプロレスラー・ジャイアント馬場にふれて親和の深さを語った文章に、評者は意表を衝かれ、かつわが意を得ました。 この本には番外編のように3本の<パギやんの「矛盾論」>が挿入されていて、これが著者の思想のエキスです。そのなかから言葉一つを。 《たんと想像力をはたらかせて、緊張感を漲らせつつ互いに尊敬し合いながら、ケンカはやめない──。個別具体と抽象普遍を旅する意志力の租互確認──ぼくはそれだけを願う ◇◆◇
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一本の映画を一人で唄い語る「歌うキネマ」を演じる趙博(Cho Bak)さん |
![]() 「歌うキネマ」は、故・マルセ太郎の一人芸「スクリーンのない映画館」を正しく後継した芸といえるかもしれない。映画のストーリー解説でなく、朗読でもない話芸 だ。 趙さんは関西特有の流暢な語り口調とギターや打楽器などを使って、映画を彩り豊かに演じる。これまでに演じた映画は『ホタル』『マルコムX』などテーマ性の強いものが多いが、決して重さは感じさせない。韓国映画『風の丘を越えて〜西便制』では、朝鮮の伝統打楽器と唄(パンソリ)、そして語りが映画世界のさらに向こうの韓国の風土へと聴衆を誘う。 「僕はテレビを見て育ってきた世代ですが、自分の芸の根は漫才などの話芸やと思います。特に落語は座芸のひとつの典型として、庶民文化に根ざした批判精神を持つ芸能やと思ってます。それを忘れないように僕もやっていきたいですね」と語る。 ミュージシャンにして]家、そして予備校の英語教師でもある。そのバイタリティーはとどまるところを知らない。近著に『ぼくは在日関西人――歌う浪速の巨人・パギやん奮戦記』(解放出版社)もある。3月21日、アゼリア大正ホールで「歌うキネマ」シリーズ『風の丘を越えて〜西便制』を上演予定。 (撮影:yama) ※中村鴈治郎さんの下に載ってる…因縁でんなぁ。 |
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軽やかに本音の"速射砲"趙博さん圧倒のトーク&ライヴ by 林田英明 |
タブーにとらわれず、自分に正直に行動する在日朝鮮人2世、趙博(チョウ・バク)さん(47)のトーク&ライブが2月、大分などで開かれた。10日の大野郡三重町「エイトピアおおの」にはギターとマンドリンの伴奏に矢野敏広さんも参加。集まった300人は、「浪速の歌う巨人・パギやん」の“速射砲”に圧倒された。主催したのは大野地区平和運動センター、大分県国鉄闘争に連帯する会。「泣いてたまるか」から歌い始めた趙さん。3曲目の「ソウルからピョンヤンまで」あたりから聞かせてきた。 「♪ソウルからピョンヤンまでタクシーで5000円/モスクワにも行けるし月にだって飛べるのに/釜山よりもっと近いピョンヤンヘは行けない/目と鼻の先にあるピョンヤンへなぜ行けぬ/クラクション高らかにソウルからピョンヤンまで/夢でもいいアクセル踏んでブッチぎって行こう」 大阪市西成区生まれの韓国籍。そんな趙さんにとって「日本語お上手ですね。日本に来て何年になりますか」という問いかけほど困ったものはない。「47年になります」と、いなすのだが、これは在日の歴史や経緯が日本社会に理解されていない裏返しである。朝鮮半島がなぜ分断されたのか、そして同じ民族がどうして自由に行き来できないのか。北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)に拉致された日本人の家族の苦しみが21世紀の日本のマスコミをにぎわす。しかし、70万人以上と言われる強制連行の負の遺産を清算しないまま20世紀をやり過ごしてきたのがこの国だった。時代も規模も背景も違うが、家族を引き裂かれる民衆の悲憤を共有したいものだ。「ソウルからピョンヤンまで」には、そんな思いも込められていたように感じた。 しかし趙さんの真骨頂は、その柔軟さにある。定型化した見方を打ち破り、浪曲から朝鮮民謡のアリラン、あるいはブルースと、幅広いジャンルで現代を撃つ。今回のツアーは「イラク派兵反対!建国記念の日を考える集い」という副題の下、天皇制や人権問題なども縦横無尽に歌い、語った。天皇に対しても、選挙権と戸フない共通項を在日の境遇と重ねながら「個人というものがない天皇はかわいそう、つらいと思う。哀れな感じがする」とまで言い、「人権回復に共闘したい」と笑いを誘う。 反戦のメッセージも、上品な飾り物とはしない。「国益や国際貢献と美辞麗句を言っても、戦争になれば殺される人が出てくる。戦争は、徹底して男の文化だ。『強ければ何をしてもいい』と言いながら『お前らを解放してやる』とほざく。ほっといてくれと言いたい」。「闘う時は闘い、逃げる時は逃げるのがいいと、こざかしいのがいいのでは」と加川良の「教訓?」を熱唱。「♪青くなって尻込みなさい、逃げなさい、隠れなさい」の声が会場に軽やかに響いた。 主催団体に国労が含まれていたことで、JRの間題にも触れた。1987年の分割民営化時、同級生がかなり国労にいたという。「労働組合にあこがれて国鉄に入った友人がいた時代もあったが、今は残念ながらそうなっていない。なぜ清算事業団に入れられるのか。差別じやないというが、明らかな狙い撃ち。雇用のため、自分さえ良ければいいと、つらいけど労働者が追い込まれていった。不況の今、その空気が全国に広がっているのではないか。きれいごとなゥ言ってられない、と。弾圧ではなく、真綿で首を絞められるようなイヤな感じで有事法制まで来てしまった」と一気に語った。「癒やし」という言葉も好きではないという。甘えや薄っぺらさを感じるからだろうか。路地裏からモノを見てきた趙さんは、地に足をつけて物申していく。この日は、国労闘争団が資金獲得のため作製した「人らしくタオルマフラー」を身につけで共闘の意思を表していた。 年間100回以上のコンサートや講演をこなすものの、「(十分な)ゼニが取れるのは半分かな」。歌も「ヒットの兆しはありません」と、柔道で鍛えられた大柄な体をすくめてみせる。生後間もなく右目を失明してからの有為転変は「ぼくは在日関西人」(解放出版社)に詳しい。なるほど、ステージで漏らしたように「歌を聞いて、いい人とだまされてはいけません」というのはよく分かった。いや、だからこそ人間としての魅カが伝わってくるように思う。苦難を越えて、きょうも“パギやん”は本音で生きる。 ※民衆の生活と闘いを写真で伝える『パトローネ』の定期購読をお願いします。 |
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趙博さんと人材コンサルタント辛淑玉さんの「ライプ&トーク」 |
愛媛新聞連載企画「在日−負の遺産・人権編」の新聞労連ジャーナリスト大賞受賞と出版を記念した、ミュージシャン趙博さんと人材コンサルタント辛淑玉さんの「ライプ&トーク」(愛媛新聞社など主催)が四日、松山市民会館であり、約五百人が力強い歌声に聞き入った。 趙さんは"浪速の唄う巨人"の異名を持つ在日コリアン二世。ステージでは、出身地の大阪の情景を歌ったオリジナル曲、韓国の民謡などを熱唱。在日コリアン三世の辛さんは、独自の視点からみた日本社会の姿などを語った。 冗談を交えながらも核心を突いた二人の話に会場からは拍手が送られ、趙さんの「アリランを一緒に歌う姿も客席のあちこちで見られた。 辛さんは連載に触れ「よく日本人にしやべったなと思えるような言葉がちりばめられ、すごい連載。メとともに生きる姿があった。出版された本は、一人でも多くの人に手にとってほしい」と呼び掛けた。 在日コリアン二世で松山市の主婦金春子さん(七五)は「趙さんの歌、辛さんの話に忘れていた親の話がよみがえり涙が出た。拉致問題が明らかになりつらかったが、在日として生きていく希望がわいた。四世の孫も隣で聴いており、帰ったら話し合おうと思う」と感慨無量の様子。 北宇和部吉田町の渡辺智子さん(四九)は「趙さんとは年齢が近く、共感できる部分が多かった」。今治市の自営業沢田ひで子さん(四五)は「辛さんはポピュラーな話題を通じ、在日という重いテーマを誰もが納得できるように話してくれた。こういう企画をぜひまたやってほしい」と話した。 |
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趙 博「歌うキネマ」を語る |
「僕が観た映画、僕はこう観たんだというリアリティを、語りと歌で表現する」という趙博さん独自のスタイル「歌うキネマ」は、マルセ太郎さんの「スクリーンのない映画館」に触発されて生まれたそうだ。レパートリーは『ホタル』『マルコムX』『泣いてたまるか』『風の丘を越えて〜西便制[ソピョンジェ]』の四本。三月公演では『西便制』が披露される。――既存の映画作品のイメージに縛られることはあワせんか。 ありませんね。むしろ、映画から受けるイメージの強烈さを、僕が演出するんです。言ってしまえば映画は「ネタ」でしかない。映画を歌い語りながら、僕が表現しているのは、実は「実存と記憶」なんです。暗喩、コノテーション、隠喩、諧謔、メタファ、風刺、デフォルメ……どう呼んでもいいんですが、ともかく「異化」の世界を醸成させたいんです。しかも徹底したリアリズムで。それを感じ取っていただくのは、お客さんです。パンソリに「一に観客、二に鼓手、三に歌手」という至言があるのですが、まさにその精神を忘れないように心がけています。 ――『西便制』をレパートリーに加えられたのはどうしてですか。 「歌うキネマ」というタイトルにもっとも相応しいのが『西便制』なんです。パンソリが全編に流れ、ミユージカル的要素がふんだんにある。プク(鼓)を前に置いて、僕は座ったまま動かずに、歌い・語り・演じる。いわば、講談のような、落語のような、そして上半身の動きと顔の表情だけで講成したマイムのうな……自分としては今までになVしいジャンルを切り開くつもりで、取り組んでいます。この映画が描いた「恨[ハン]」の世界は、まさに今、僕たちが想起し、心に刻むべき民衆の「生の現場」です。この国ではうすっぺらな「癒し」などという誤魔化しと気休めが流行していますが、とんでもない!人間は「恨」に生き、「恨」を越えるべき存在です。その内在的なダイナミズムと根元的な批判精神を、僕は演じてみたかったんです。 ――パンソリは習われたんですか。 二十年ほど前に一日だけ手ほどきを受けたことはありましたが、あとは見よう見まねです。ソウルに行くたぴに資料を買い求めています。僕の師匠はCDですね(笑)。 ――三月公演の見所というのは。 企業秘密です(笑)。主要な登場人物の、それぞれの「恨」、そして、なによりも「比較文化論」と僕のソリ(声・唄)ですね。映画を観てなくてもまったく大丈夫ですよ。 ――マルセ太郎さんの魅力というのは、なんでしよう。 彼は極貧と不運と病、障害と差別の中から、ロゴスとパトスの力で見事に現実を串刺しにした男ですね。「芸人」という最高の称号を得た、笑いと喜劇の達人です。もう、あんな人は出ません。学者・文化人はマルセの前で恥じ入り、俗物的庶民はマルセから逃亡するのです。「猪飼野・在日」という共通項が、僕の誇りです。 ――今後の活動を教えてください。 淡々と、確実に一歩一歩、芸を磨くだけ。ただ、それだけです。「歌うキネマ」と音楽のライヴが中心になるでしょうが、実は歴更論集の宿題をわんさと抱えているんです。こっちもなんとかせんと……。ま、マルセさんが亡くなった年齢(六十八歳)まで、あと最低二十年は、「芸・唄・文」の修行ですれ。その後は、知りません(笑)。 ――最後に若者たちへメッセージを。 国家・民族・資本・宗教なんてものに絡め取られる、行く先は地獄なんだ。人を支配し、人を踏みつけ、人を殺さねば生きていけない世界。立身出仕や仕組まス「自己実現」。それで本当にいいのか?流行を追わないことがカッコ良さだと、僕は思う。だから「はまる」「もりあがる」なんて、サイテーにダセェんだよ。ニーチェは「神は死せり」と言い、最近、宮台慎司先生は「世界の意味はなくなった」と言ってるけど、そのとおりなんだ。だったら、どうすんだ?精一杯、悩もうよ、お互いにサ。ただし、「一緒に」は気待ち悪いから、いやヨ(笑)。
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趙 博 in 大分 パギやん台風吹き荒れる! |
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※2月に開催された大分でのコンサート、ライヴの模様が報告されています。→こちら
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