日々の喜怒哀楽を綴ります。

刑冠旗が泣いていた…解放歌は響かない…

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「水平社宣言90周年」式典で、中西和久さんが「水平社宣言」を朗唱し、辛 淑玉が喋るというので、京都会館まで行った。型通りの開会セレモニーと来賓挨拶。来賓席には民主党、自民党、公明党、社民党の代表と宗教者、学者・文化人らが居並び、前原某もいる。誰も野次らない、抗議もしない。「宣言」朗唱に至っては、拍手しない(俺が力一杯拍手したら、それに続いて拍手が起こった)。会場に石川一雄さんがいた。彼は登壇しない、一切発言しない。楽屋では松本龍が、臆面もなく、忙しそうに立ち振る舞っている。
演壇を前に、皆が異口同音に「90年前の先人の偉業を受けついで」と語る。では、問いたい。今の部落解放同盟中央本部とその幹部たちを、その継承者とする根拠は那辺にあるか?「人間を労るかの如き運動は、かえって多くの兄弟を堕落させた事を想へば」(水平社宣言)、エセ同和や利権漁りに走る体質を生んできたのは「何処の誰」か?組坂委員長も松岡書記長も「言葉」を有していない。彼らは、己の言葉で語らない。通り一遍の人権用語と運動スローガンを復唱するに長けてはいるが「個性」と「自己」が存在しない没我的人間をそこに見いだしたのは、俺だけではないはずだ。曰く「法を」、曰く「さらなる人権擁護を」、曰く「先人の思いを受けついで」…背筋が寒くなる。
集会アピールは宣う。「... 吾々は新しい世紀のはじまりに特別措置と決別した。それは、新たな部落解放運動のはじまりを告げる闘いの狼煙であった。33年の間吾々を守り、また閉じ込めもした「特別」の囲みを打ち払い、世間に吾々の存在をよく知らしめ、部落内外の協働の力をもって、社会のあらゆる領域に深く組み込まれている部落差別を切開し、その根本のところから創り変える運動へ踏み出した。しかし時を同じくして、「特別」の罠に陥った者たちの残念な事件がマスメディアを賑わせた」--これが、ハンナン事件、小西事件、奈良市求職事件、福岡差別ハガキ自作自演事件、等々、一連の「不祥事」の総括か?「同和対策」を打ち切られた苦しい負け惜しみと「不祥事は当事者だけの問題だ」とする開き直りではないか。真っ当な日本語識字者は、この「宣言」を「特措法体制から放逐されたからには人権擁護を叫びつつけて立派な日本国民に伍するために誠心誠意努力する」と読む。笑わせちゃいかんぞ。
解放運動は、いつから「国民国家形成運動」に変質したか…憤懣焦心、やるかたない。しかし、部落解放同盟が何であれどうであれ、俺たちは闘わねばならない、「エタであることを誇りとする」(水平社宣言)人々と共に!今日の舞台上に陳列されていたのは「誇り」の残骸だったのだろう--。
「百周年」はあるだろうか…?いやいや、何としても「百周年」は、自立と連帯の名の下に祝いたい。俺が--
水平社結成90周年、万歳!


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