人生幸朗的パギやん日記

また、旅(3日目:金沢~野洲)

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1932年、上海で挙行された日本軍の戦勝祝賀会で爆弾を投擲した尹奉吉は、第9連隊の所在地であった金沢に移送され銃殺刑、闇葬に付された。闇葬とは、いっさいの証拠を残さぬように「遺体を打ち捨てる」ことである。墓標も碑もなく、まさに人足に踏みにじられたまま、彼の遺体は道路の下に人知れずあった。解放後、心ある同胞たちが尹奉吉の処刑地と闇葬地を探し出し、遺骨を祖国へ送った。私は、韓国民団が建てた「殉国碑」をただ仰ぎ見て、有志が建てた「闇葬之跡」に祈った。
夜、金沢駅から野洲へ向かう。

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