日々の喜怒哀楽を綴ります。

不勉強の至り

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不勉強だった…添田唖蝉坊の息子が添田さつきで、そのまた息子が添田知道だと思っていたのだが、添田さつきのペンネームが添田知道だったのらあぁ~~(笑)。
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そこでまず、性にかかわる歌だが、とかくこれを下品とするのが世問常識である。しかも、その世間常識のなかに住む人たちが、その下品といわれるものを、なぜうたうのだろうか。聞いて喜ぶのだろうか。ここにいちばん考えさせられるものがある。この背反性のきたる因をさぐりあてたい気がするが、不敏の私の解明には、手にあまるものがある。読者のあなたに、読みすすめられるうちに、ひらめくところがあろうことを期待して、そこから私が教えを得たいとねがう。
私はほんらいの性は美であると思っているから、<まぐわい>をいちがいに醜とし、猥と見る世問の目はどうかしていると思う。相聞にはじまる歌の歴史をみても、性を美としてたたえているのはよくわかる。いや、そうした文字の残される以前にも遠くその声があったことは、神話伝説も、性をぬきにしては成り立っていないことを思えばたる。(添田知道『日本春歌考』より)