日々の喜怒哀楽を綴ります。

声体文藝館『泥の河』(1)

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時代は昭和31年、季節は夏です。堂島川と土佐堀川が一つになり安治川と木津川にまた分かれる所に、三つの橋が架かってます。堂島川の方から船津橋、土佐堀川には端建蔵橋、そして、木津川にかかる昭和橋。三つの橋は繋がってまして、船津橋を北から渡ると、すぐ端建倉端、その南詰めから西に昭和橋です。川の両岸には船舶会社の倉庫や沢山の貨物船がひしめき合っておりまして、まるで港の様相ですな。川面をぽんぽん船が昼夜、四六時中行き来している。船頭が櫓を操ったり、長い竹竿で川底を突いて船を漕いでいる姿もあります。船津橋の北詰東側に、やなぎ食堂はありました。
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宮本輝は、ロケハンをしたのだろうか?小説では食堂の位置が「端建蔵端のたもと」となっているのだが、どうも、そんな余地はないのである。ま、もっとも、52年前は地形が今と全く違ったかもしれないが、川の合流地点にそれほど変化があったとは思えない。食堂が船津橋北詰の東側で、喜ちゃんのだるま船は南詰めに停泊していたはずである。さらに、端建蔵端から船津橋に行くのに「坂」はない、二つの橋は直結しているのだから。だから、馬車屋のおっちゃんは、船津橋の坂(ここは確かに「坂」になっている)を北から南へ渡ろうとして、事故にあって死んだのである。だとすると、おちゃんの「歌島橋まで行く」と言う遺言は辻褄が合わなくなるので、寄せ屋の多かった「北津守」に換えた。--あぁ、スッキリした…(笑)。