日々の喜怒哀楽を綴ります。

社民党よ…オオバカヤロウ!

民主党にすり寄る弱小政党…連立協議に合意がなされたという。社民党は、戦後内閣のなかで【最悪・最低】の村山政権を担いだ総括を微塵もなしえていない党である。中曽根流「戦後政治の総決算」路線にまんまと嵌り、国鉄民営化と総評解体の流れの中で、旧社会党は分裂し壊滅状態になった。故に、民主党の中には旧社会党出身の代議士も少なからずいるわけだ(因みに、部落解放運動と障害者の闘いを放棄して社会党から自民党に鞍替えした【八尾の恥知らず・谷畑】もいた)。
細川・羽田政権が瓦解する過程で、あの時村山が「否」の姿勢をとれば、自民党は決定的に弱体化して解党したかもしれない。それを、村山は「総理大臣」に喜々として担がれて、意気揚々と「自・さ・社」連立政権を「きちっと担った」のである。年が明けて、1995年阪神淡路大震災が起きた。その一周年を目前にして、村山富一は唐突に政権をほっぽり出した。橋本龍太郎の懐に総理職が転がり込んで、自民党は政権政党に返り咲いた(安倍、福田、麻生の先輩が村山なのである、実は…)。次の総選挙で社民党は惨敗、その後、辻元清美も「闇秘書疑惑」で刺され、一旦は政界を離れた。社会党のシンボルだった土井たか子も、最後には常勝選挙区で落選した。
非武装中立、国民主権、社会主義革命--この社会党路線は、共産党の独善姿勢に拒否感を感じる幾多の「リベラル」「新左翼」勢力の結集軸となった。多くの市民団体、宗教者、労働運動関係者等が、自らの主張を政治に反映させるべく社会党を「看板」とした。その意味で、社会党は前衛党ならぬ「統一戦線党」であった。グラムシの言う「陣地戦」の拠点ともなりえたのだ。因みに、沖縄からの当選者や今回の服部良一議席は、その「社会党的良い面」の名残だろう。
社民党は、またもや与党になるという。与党になって、ほんとうに自分たちの目指す政策が実現するとでも思っているのだろうか?野党だからこそ、"舌鋒匕首のように鋭く"与党を追及できるのだ。<国会の爆弾男>の異名を取った大出俊、楢崎弥之助、そして土井たか子…今となっては本当に懐かしい。その実力と気概を欠く現・社民党は、再び権力に己の首を差し出したにすぎない。社民党は、闘争ではなく交渉で、抵抗ではなく調整で、反撃ではなく談判で生きのびるのだ。「連立の一翼をきちっと担う」ということは、労働政策、日米安保と外交、農政、人権etc.の分野において「妥協する」と言うことである。福島よ、そこまでして大臣になりたいか。
「過去から学ばない者は、また同じ過ちを繰り返す」--社民党にはこの言葉すら響かないだろうな。民主党と国民新党を見るより、共産党や新社会党、その他、様々な政治グループの橋渡しになろうとはしないのか?部落解放、アイヌ民族の先住権、障害者のや定住外国人の人権…そしてなによりも、日米安保破棄!この目標を連立政権でほんとうに達成できるか?一度でいい、自問自答してみろ(ま、そんなこと、既に村山政権下で放棄したわけだが…)。
社民党は永田町の泥水に呑まれた俗物党に過ぎない。もう何も期待しない。ただ、我々の邪魔だけはしないでくれ、な、議員先生諸君よ。国鉄民営化で解雇された1,047名の職場復帰と補償、石川一雄さんの冤罪雪辱、辺野古ヘリ基地案撤回、障害者自立支援法解体、教育基本法復活…最低これだけでもなしえたなら、拍手(かしわで)ぐらいは打ってやるぞ(その前に、辻元あたりは民主党へ鞍替えするのだろうな)--無選挙権・非国民のぼやきです、聞き流してやぁ~(笑)。