日々の喜怒哀楽を綴ります。

つるのはし跡

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JR「桃谷駅」の出口が、即「桃谷商店街」の入り口で、ここから東に疎開道路まで六百メートルほど、曲がりくねった緩やかな坂道に、細いアーケード街が続く。衣・食・住の店舗はもちろん、書店、文化教室、電気屋さん、文房具屋さん、工務店…約百六十の商店がびっしりと軒を連ねて、昭和30年代にタイムスリップしたような雰囲気だ。アーケードの終点で疎開道路を渡ると、小さな『つるのはし跡公園』がひっそりと佇んでいる。
説明板には「つるのはしは、もとの平野川にかけられていたが、この川は昭和十五年に埋められ新平野川に改修されたため廃橋となった。/日本書紀に<仁徳天皇猪甘津(ルビ:いかいつ)に橋をつくる、この処を小橋と名付く>とあって、文献の上では、わが国最古の橋であるということができる。むかし、このあたりに鶴がよく飛んで来たことから、いつのまにか鶴橋と呼ばれるようになった。/昭和49年 生野区役所」とある。
『つるのはし』は、古くは河内・大和への交通の要所で、明治時代には石の橋になった。1997年、廃橋の祭に石碑と当時の親柱四本を記念に保存して『つるのはし跡公園』として再整備、何時訪れても綺麗に清掃がなされていて、心が洗われる思いがする。

しのぶれど 人はそれぞと 御津の浦に
渡り初めにし ゐかい津の橋  (小野小町)

この地は五世紀の百済系渡来人が開いた百済郷のあとでもある。この橋を架けたのも、百済からの渡来人だったか…猪飼野は、千六百年の昔から「コリアタウン」なのだ。