日々の喜怒哀楽を綴ります。

訃報あり…

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若松孝二監督が逝った。
初めて会ったのは、1990年『ローリング・ストーンズ』東京公演の後に立ち寄った、新宿ゴールデン街の「ゴールデン・ダスト」だった。監督もドームのアリーナ席にいたとのこと。「なんだ、近くに座ってたんですね」…互いに「ガラの悪い奴がいるなぁ」と訝り合っていたのだった(笑)。
その後『我に撃つ用意あり』で河合塾が協力したこと、また、名古屋のシネマスコーレや、河合塾「サテライト授業」などでも随分お世話になった。大須での「監督を囲む忘年会」は、何年続いただろうか。
脳梗塞の後かなり回復され、僕の記憶が正しければ『17歳の風景』は、リハビリの延長上にあった仕事だと思える。「半身麻痺ってのは面白いよ。左の頭の先からつま先まで、な~んにも感じないんだ。チンポも、半分感じて半分感じないんだ」と言った破顔がいまも瞼に浮かぶ。その時すでに「連合赤軍を映画にしたい」と仰っていた。
『実録連合赤軍』『キャタピラー』と快進撃をとばし、今年に入っても『三島由紀夫』が光った。中上健次原作の『千年の愉楽』が最後の若松映画になったという事実は、残された我々に示唆するものが多すぎるほど多いと思う。
監督!魂だけになってもゴラン高原の空に飛翔して「世界一国同時革命」の火花を散らせて下さい。あなたに合掌は似合いません…よね。