日々の喜怒哀楽を綴ります。

『教育で想像力を殺すな』

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「時差」のなかで過ごした8日間の痼りがとれず、昼夜逆転したまま…遅々と進まぬ「断捨離」は、過去の読書経験を吾人に呼び覚ます楽しみを伴って、さらに遅滞を促す(笑)。
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   あ と が き
人を殺さない想像力が、教育の中心におかれるようにしたい。そこから、つねにあたらしく考えはじめたい。
人を殺さない想像力は、部分として、人を殺すことへの想像力をもつことを必.要とする。明治に、近代国家を日本がつくってからのことを考えても、日本の国はどれだけの人びとを日本の内外で殺してきたか。昭和六年にはじまる十五年の戦争の中で、日本人だけでなく、どれほどの朝鮮人、中国入、シンガポール人、フィリピン人を殺してきたかへの創造力をめぐらすことは、敗戦後に平和国家として出発した日本の教育計画の基礎にはじめからおかれる必要があった。その仕事を、日本の教育はおこたってきた。そして、経済大国として復興するにつれて人を殺してきたことの記憶は、表面に出さないようにかくされてきた。だが、そのおなじ時期に、韓国、台湾、シンガポールの経済成長があり、中国の再生があって、経済的に日本と肩をならべる状況に入った。貿易と人物交流の必要は、日本が、これらの国ぐにの人たらにしてきたことの記憶をほおかむりしてすますことを、むずかしくする。アジアの国々と親しくつきあう道をさがす中で、日本は、人を殺すことへの想像力をもつことをせまられる。それはやがて、人を殺さない道をさがす想像力をやしなう。その想像力が日常のつきあいからはじまり学校をつつみこむことを望む。
この主題は、森毅さんと桜井芳子さんと私とがはなしている時にうかんできた。同時に、共編者として高橋幸子さんの人柄もうかんできた。私は教師として失格だが、偶然高橋さんは、むかし私のゼミナールにいた学生で今はゆとりのある主婦である。この本は、編集者桜井さんの熱意と共編者高橋さんの組織力に負うところが大きい。
一九九一年六月二五日    鶴見俊輔